



私は28年前に歯科大学を卒業してすぐに母の叔父、岡田満が創設した慶応義塾大学病院歯科口腔外科学教室(旧歯科学教室)に入門ではなく、入局しました。この教室には亡き父も昭和15年から戦争を挟み昭和33年まで、17年間勤務し講師を勤め、叔父の勧めもあって母と所帯を持つことになりました。
ご存知の通り慶応大学には歯学部はありませんので、歯科口腔外科の医局員は東京歯科大学出身者が若干多いものの殆どが全国の歯科大学や歯学部を卒業してからここに入局してくる訳で、そういう意味では無派閥の多国籍軍といった趣でしょうか・・・従って、皆それぞれの大学で習ってきたことを尊重し合い、偏ったところがなく居心地の良いところでした。
入局したての新米医局員はフレッシュマン(前座)と称され、約6ヶ月間病院のシステムを教わり、臨床講義を受け、先輩医局員が施行する治療の介助をしながら技術を磨き、先輩と共に当直をして入院患者や救急患者を診る毎日です。
先輩たちは自分の入院患者や外来患者を受け持ちながら我々フレッシュマンの世話までするのですから大変です。そして基本的には3年間無給ですから、それぞれ週1日アルバイトに出掛け生活費を稼ぐ訳です。
そんな生活を送る先輩ですが、しばしば我々を飲みに連れて行ってくれます。それも勤務中に叱られたり意見されたりした時は必ずといって良いくらいで、勿論安い居酒屋ではありますがそこで飲みながら、何がいけなかったか臨床テクニックや患者の対応の仕方といった普段臨床の現場では聞き辛かったり聞けない事を話してくれるのです。それで勘定は全て向こう持ち。少しでも払おうとすると「僕たちもそうやって先輩に教わったんだから当たり前なんだよ。その代わり、お前たちに後輩が出来たならば同じようにしてあげなければいけないよ。」と、言って優しく笑いかけてくれたものです。

落語の世界の前座もだいたい3〜4年の修行時代を過ごします。仕事内容は師匠の身の回りの世話に始まり、寄席に行けば開場の一番太鼓、二番太鼓を叩き、開口一番まだ客も少ないところで習いたての噺を一席。楽屋では出演される師匠方にお茶を出し(それぞれの師匠のお茶の好みも覚えなくてはならない)、着物の着替えを手伝い、着物をたたみ、出囃子で太鼓を叩き、笛を吹き、根多帳に師匠方が演じられた演目を書きと大忙しです。基本給は寄席に入った時に日 1,200〜1,800円(経験年数で違う)落語協会から支給され、それ以外は師匠宅に住み込みでなければ下宿代、電車賃、小遣いをもらい食事は師匠にご馳走になる訳で師匠の入費も大変です。その上、噺の稽古をつけてもらい一人前の噺家にしてもらえるのです。
噺の稽古と言えば、前座が自分の尊敬する二つ目や真打の噺家のところへ言って「稽古をつけてください。」と言われたら師匠方は余程のことがなければ断れず、自分の大切なネタを無報酬で教えてあげ、場合によってはご馳走までしてあげるのですから、われわれ新入医局員と先輩医局員の関係にどこか似ていませんか?。
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