これまでの著者の方々

  1. トップ
  2. トピックスほか
  3. リレーエッセイ
  4. Vol.192


薄井 由枝
Vol.192

EWU(東ワシントン大学)DH学部生時代−(4)

(2011.09.06)
東京医科歯科大学大学院
高齢者歯科学分野 非常勤講師
薄井 由枝 著者紹介

  「アメリカ留学して、何が良かったですか?」という質問をよく受ける。
  もちろん、米国デンタルハイジニスト(DH)のライセンスを取得できたことや、修士課程に在籍し、サイエンスの基本的な考え方を学べた事は良かったことだ。しかし、何よりの収穫は、世の中には多種多様な価値観を持つ人がごまんといて、それで世界は成り立っていることがわかった事と、人との深い出会いに恵まれた事だといえる。中でも多くの師や先輩と出会え、導かれ、助けられた。その中でも今回は、私が最も歯科衛生士として影響を受け魅了された先生を紹介したい。

教授ペギー との出会い

  大柄で、いつもビッグスマイルを湛えているペギー先生は、DH教育への深い情熱を持つ教授だった。その一方で、週に2日ほど臨床DHとして働き、ワシントン州DH会の会長も歴任していた。
特に、臨床における彼女の技術の高さは、教授・講師陣の中でも群を抜いていたので、私は、臨床実習時に彼女がクリニカルプロフェッサーとして、担当してくれるのを楽しみにしていた。
  日本で既にDH歴10年以上のキャリアを持つ私であったが、私流的技術は、基本に忠実な彼女のインスツルメントテクニックには遠く及ばなかった。 彼女のテクニックは“歯石を取る”だけではない。患者に負担が少なく、ストレスフリーで、しかも確実に処置する。さらにそれだけに留まらず、術者自身の手や腕の関節や筋肉をいかに効果的に使い、無駄な疲労をどこまで抑えられるかという理にかなった技術であった。
私には、インスツルメントを把持する時、親指が逆90°に反る癖があったが、これは“非効率で関節に障害が出る危険性がある握り方”と授業で習い、大変驚いた。


逆ぞりする私の親指;
職業病になりやすい危険な把持
  「ヨシエ、あなたはとっても上手に歯石を取ることができるけど、こんな手技でやっていたら、あなたのDH人生は、あっという間に終わるわよ」
DHは患者の口腔の健康を維持することが業務である。それを完遂し、良い結果を出すには、術者も自身の身体のメインテナンスに気を使い、最高のコンディションで向かわなければいけない、と言うのだ。確かに、高度な技術を身につけても、CTS等の職業病で臨床が出来なくなっては意味が無い。私は、その悪癖が治り、基本形の改良ペングリップ法が身に付くまで、何回も親指の第一関節の逆反を指摘された。
“優れたスキルを磨き維持することは、社会的にも貢献できることであり、あなたの人生も豊かにするのよ。” 彼女は、自分のポリシーを熱く語り続けた。

インスツルメントの正しい把持法
  しかし、ペギーの素晴らしさは、それだけではなかった。“生きる”“楽しむ”という人生哲学を常にイメージさせるハートフルな言動と立ち振る舞いで、私たち生徒をリードしてくれた。

  ある臨床実習日、アメリカで知り合った日本人女性であるトモコさんが私の患者として来院してくれた。いつものように現病歴などの問診をして、その評価を受けるために担当教官であるペギーを呼んだ。
「ペギー、彼女はスモーカーです。なかなかタバコが止められないそうです…」
  アメリカのDHの業務の中に、禁煙指導も大きな割合を占める。
「そぅ、確かにタバコを止めるのは難しいですね。
でも、トモコ、なぜヨシエがあなたにタバコを止めるようにしつこく言うと思う?」
  不可解な顔をしている私たちを見ながら、ペギーは続けた。


卒業式後の謝恩会でペギーと
「それは、Yoshie loves you very much.」
(ヨシエはあなたの事をとっても大切に思っているからよ)
トモコさんと私は、思わず顔を見合わせ微笑んだ。
その後、トモコさんがタバコを止めることができたと聞いた。

  “そうだ! 健康教育って、‘もっと良くなって欲しい’と思う心を伝えることなんだ” 日常の習慣や悪癖はなかなか治らない。でも、それをそうだと諦めず、心から相手を思う気持ちを伝えていけば、いつか必ず変わるときが来る。
  そう、愛しい子供や肉親を慈しむように……  それを、ペギー先生から学んだ。

  忘れられない出会いは生きる喜びを増やしてくれた。素晴らしい人たちにめぐり合えた喜びに感謝したい。そして、素直に、自分も豊かさを発信できる人間になりたいと心から思えるようになれたのは、留学の成果かもしれない。