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井上 孝
Vol.187

昔と今の患者さん

(2011.06.22)
東京歯科大学臨床検査学研究室・教授
井上 孝 著者紹介

  「ハイ、削りますよ、一回だけ痛いよ。我慢して・・・」と言って、エンジンでう蝕を何回も何回も削ったものである。患者は、チェアーに呼ばれると、何も言わず口を開いて待っていた時代である。ゴールドインレーを入れて、マージンなど合っていなくても大丈夫、患者も「俺の金だから削るんじゃない・・・」。医療面接なんぞくそくらえ、スタンダードプリコーション(標準予防対策)などくそくらえ。レントゲンも術者が浴び放題、鉛のエプロンなど見たこともない・・・。吉幾三の「オラ東京さ行くだ」状態。「ハァ、テレビも無エ、ラジオも無ェ、バスは一日一度来る、オラこんな村いやだ・・・・」。

  さて、現在では、医院の壁には「当院では注射は、ディスポを使っています」、入り口には手指消毒薬がおかれ、芳香剤の良いにおいがする。診療室では、患者に鏡を見せながら「○○さん、昨日から歯が痛かったですね。大変でしたね。見たところ歯が黒くなっているところがあるでしょ?ここに、ミュータンスという細菌がいて、砂糖を・・・・」と10分以上の病状説明。「麻酔をしますが、アレルギーは・・・、削った後、型をとり・・・」また5分の医療面接。やっとタービンを持ち、「麻酔をしますよ、痛かったら左手をあげて教えて下さい・・・」とそれは気を使いながら形成が始まる。

  加えて、物言う医療消費者に変貌した患者の対応はこれまた大変な時代である。

  「先生、これを私の歯に詰めて下さい」と30代後半の女性。「なんですか?これは?」というと、患者は小さな壺を開け「父の遺骨です」とひとこと。「・・・」

  「先生、歯が痛くて仕方ないのです」がとマスクを5枚以上かけたこれまた30代後半の女性。マスクの厚みで良く話が聞き取れない。長い医療面接の後、「それでは、お口の中を拝見させてください」と言うと、頑なに「今の世の中は大気汚染がひどく、マスクを外すことはできません。歯が痛いので何とか見てください」と、マスクをしたまま口をあけている様子。良く話を聞くと水にしみる程度の様子。何回か来院されているが、未だ口腔内を見たことがない・・・。

  「先生、この診療室の隠しカメラと、盗聴器はどこにあるのですか?」と主訴を聞く前にまくしたてる50代後半の女性。「○○病院では、防護壁の後ろにスパイのような人が、△△病院では、・・・」。良く話を聞くと、私のところが23番目の病院だとか。昨年はスエーデンに歯科医を見つけに行ったとか。結局、何を求めてきたのかよくわからず、お帰りになった。

  「先生、私の母なんですが、頭がおかしいんです」と、うつろな目をした見るからにその人がおかしいと思える40代後半の女性。「そうですか、それではお母様を精神科にお連れになったらいかがでしょうか?紹介状を書きましょう」と言うと、その通り精神科へ母と行き、現在はお母様ではなく、本人が入院していると噂に聞いた。

  時々思う。医療面接もねえ、文句もねえ、うるさい患者は一年に一度、・・・、おらこんな病院を夢見ている。