歯科診療における院内感染対策 お問い合わせ

標準予防策に基づいた感染対策の重要性

歯科医院では、毎日多くの患者に処置が行われています。処置を行う側の皆様は、すべての患者の感染症情報を把握していますか。答えはNOだと思います。すべての患者が自身の感染症を正確に申告しているとは限りませんし、そもそも患者本人も自分が感染していることに気づいていないかもしれません。つまり、患者の感染症を正確に把握することは困難なのです。
しかし、ヒトの血液や体液を介して感染する微生物は存在します。血液媒介病原体を含む血液や体液などが付着した針を刺したり、眼や鼻・口などの粘膜への曝露があると、その人は血液媒介病原体に感染する危険があります。

歯科医院で処置にあたられる皆様が自分自身を守り、そして患者から別の患者への感染を予防するためには、標準予防策を遵守することが重要になります。

※血液を介して感染する微生物には、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)などがあり、血液媒介病原体と呼ばれます。

標準予防策とは、「あらゆる人の血液、すべての体液、汗以外の分泌物、排泄物、損傷のある皮膚、および粘膜には感染性があると考えて取り扱う」という考え方を基盤に、すべての人に実施する感染予防策です。

標準予防策の具体的な内容はCDCのガイドラインに譲りますが、本サイトでは、その主たる対策と、歯科医院で行われる器材再処理における標準予防策の重要性から下記3点についてご紹介します。

※CDC:2007 Guideline for Isolation Precautions:Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings.

1.手指衛生

2.個人防護具

3.歯科医療器材の洗浄・消毒・滅菌

使用後の歯科器材は、患者の血液やだ液で汚染されているため、適切な処理が行われなければ、その器材を使用される患者および職員が感染する危険があります。各歯科医院では、標準予防策に従って適切な再処理方法をマニュアル化し、日々実践されますよう、本サイトがそのお役に立てれば幸いです。

滅菌装置、洗浄剤や消毒薬の用法・用途に関しては、歯科医院でご使用される製品の添付文書、使用説明書をご確認ください。

歯科医療器材の洗浄・消毒・滅菌

医療器材の再処理の重要性

正しい再処理方法を理解して、日々の医療器材のメインテナンス(洗浄・消毒・滅菌・保管)を行うことは院内感染予防のためにとても重要です。特に下記事項の予防・防止になります。

・患者や医療従事者の交差感染を予防します。

・器材の破損、腐食、変色や精度・機能低下を防止します。

医療器材の洗浄・消毒・滅菌について

①洗浄とは … 対象物からあらゆる異物(汚染・有機物など)を除去すること(表面の付着物を洗い、すすぐこと)。

②消毒とは … 対象物から細菌芽胞を除くすべて、または多数の微生物を除去すること(必ずしもすべての微生物の殺滅ではない)。

③滅菌とは … 微生物をすべて完全に除去、あるいは殺滅すること(無菌性保証水準(SAL)が10-6を満たしていること)。

使用後器材の再処理方法は感染性の有無に関係なく、使用目的と使用部位に対する感染の危険度に応じて分類されます。下記、スポルディングの分類では危険度に応じて、医療器材をクリティカル、セミクリティカル、ノンクリティカルの3つのカテゴリーに分類し、適切な消毒・滅菌方法を提示しています。

〈スポルディングの分類〉

カテゴリー 定義 処理 歯科器材・物品
クリティカル
(critical)
通常無菌の組織や血管に
挿入されるもの
滅菌 手術器材、スケーラー、バー、ポイント、穿刺・縫合など観血的な処置に使用される器材 など
セミクリティカル
(semicritical)
損傷の無い粘膜および
創のある皮膚に接触するもの
高水準消毒または
中水準消毒
印象用トレー、口腔内用ミラー、咬合紙ホルダー など
ノンクリティカル
(noncritical)
損傷の無い皮膚と
接触するもの
洗浄または
低水準消毒
チェアーユニット、無影灯、X線撮影用ヘッド・コーン、パルスオキシメーター、診察台、血圧計カフ など

歯科用ハンドピースはセミクリティカルの物品と見なされますが、1人の患者が終了するごとに常に加熱滅菌し、高水準消毒は行わないこと。

※洗浄や消毒が難しい装置や環境表面はカバーで保護します。

〈使用後器材の洗浄・消毒・滅菌のフロー図〉

各作業環境の区域分け

作業環境を清浄度によって区域分けし、作業内容の目的に応じて必要とする清浄度を段階的にゾーニングを行います。

・汚染ゾーン:仕分け、洗浄、乾燥 ・中間ゾーン:検査・組立て、セット包装、滅菌 ・清潔ゾーン:保管

〈洗浄から滅菌までの作業エリアと流れ〉

一般的なレイアウト

  • 作業準備
    エリア(1)
  • 洗浄
    エリア
  • 消毒
    エリア
  • 滅菌
    エリア
  • 作業準備
    エリア(2)
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5

器材の分別

<器材の分別>
洗浄を行う前に器材の分別を行います。分解可能な器材は分解し、分解ができないハサミなどの器材は開いた状態で分別します。また、血液などのタンパク質汚れは放置すると凝固し、洗浄しづらくなるので、すぐに洗浄が行えない場合は、「ハイジーンプレミスト」などの凝固防止スプレーを使用することで、血液やタンパク汚れの乾燥・凝固を防ぐことができます。

用手洗浄

<用手洗浄>
用手洗浄は、洗浄剤とブラシを使って、物理的に汚れを取り除く方法です。器材が少ない場合や機械洗浄が難しい小さい器材には有効ですが、作業者の感染曝露のリスクや鋭利な器材による切創がおこる危険性があります。 用手洗浄は、カゴにためた水のなかで、水を流しながらブラシで付着物などを洗浄します。 中空の器材などは細長いブラシなどで丁寧に洗浄します。

浸漬洗浄

<洗浄剤による浸漬洗浄>
器材を洗浄剤につけ込むことで、汚れを除去する方法です。 器材が少ない場合や機械洗浄が難しい小さい器材、複雑な形状をした器材には有効ですが、作業者の感染曝露のリスクや浸漬洗浄後の水洗時に鋭利な器材による切創のリスクがあります。 洗浄時間は、汚れの程度にあわせて調整が必要です。汚れが酷い場合は、長時間浸漬します。

器材洗浄

<超音波洗浄器による洗浄>
超音波洗浄器は、超音波を発生させることで、液中の泡による衝撃波と水の分子が洗浄物にぶつかりあって汚れを落とす、キャビテーション効果で洗浄を行います。目に見えない器材の細部まで短時間で洗浄できます。 キャビテーション効果を減少させる物や、ハンドピースなどの洗浄できない物は入れないようにして下さい。 万一、血液やタンパク質汚れが固まってしまった場合は、浸漬洗浄を行ったのちに超音波洗浄をすると効果的です。

熱水消毒

<ウォッシャーディスインフェクター>
ウォッシャーディスインフェクターなどを使用する熱水消毒は、一定の温度と時間によって、一般細菌やウイルス等の微生物を感染しない水準に殺滅、または不活性化できるといわれています。ウォッシャーディスインフェクターは【洗浄→すすぎ→消毒】などを自動的に行います。 用手洗浄の時のような切創のリスクを大幅に減らすことができ、感染予防に効果的です。また、一度に多くの器材を洗浄できることから、労力の軽減にもつながります。

薬液消毒

<薬液消毒>
化学的な消毒は、消毒薬の特性や使用目的、消毒する対象物に応じて十分効果が期待できるものを選択することが重要です。また、消毒薬は生体に対して毒性を持つので、取り扱いには注意が必要です。

包装

<包装する器材の注意点>
滅菌する器材は、十分に乾燥させ、汚れが残っていないかをルーペなどを使って確認します。器材に水分が付着していると滅菌温度を低下させ、蒸気が確実に器材に行きわたらず、滅菌不良の原因になります。 滅菌バッグの包装は、しっかりとシールがされていることを確認します。また、滅菌バッグは滅菌物より3㎝程度の余裕がある大きさにします。 滅菌バッグが大きすぎたり小さすぎたりすると、蒸気の浸透性が悪くなり、滅菌不良の原因となります。

滅菌

<オートクレーブによる滅菌>
庫内では滅菌バッグが膨らんだり縮んだりするため、器材は重ならないようトレーに置き、およそ70%を目安に適切な量を収納します。 適量以上に詰め込むと滅菌物に蒸気が行きわたらないなど、滅菌不良の原因となります。 被滅菌物に合わせて、指定の温度・時間を設定し、滅菌をスタートします。

保管

<滅菌物の保管上の留意点>
滅菌物保管区域は、隔壁を有し、人の出入りを制限した場所で、滅菌済の清潔物品・医療機器の保管だけに使用されるものです。

  • 滅菌済の物品は、扉のついた保管棚(キャビネット)に入れます。
  • 保管棚は、建物の外側と内側の温度差により内壁表面に水分が結露することがあるため、床から最小限度離しておく必要があります。(最少限度床面20cm以上、天井から45cm以上、外壁から5cm以上離しておくことが望ましい)
  • 滅菌物は、滅菌物が壁表面から汚染物を拾い上げる可能性があるため、内壁に立てかけて保管しないようにします。
  • 物品の保管にあたってはつぶれたり、折り曲がったり、圧縮されたり、包みに穴があいたり、その他内容物の滅菌性が損なわれないように保管します。
  • 滅菌物を床の上、窓枠の上その他、作業台、受付(カウンター)、電化製品や水場の近く等に放置・保管しないようにします。
  • 滅菌バッグやカストで包装して滅菌された器材は湿気を帯びず直射日光の当らない扉のある場所に保管することが推奨されます。また必要以上に滅菌物に触れないことも重要です。

L字レイアウト例

L字レイアウト

U字レイアウト例

L字レイアウト

診療環境の衛生

歯科医院の診療環境は汚染度から二つに分けられ、それぞれのエリアに合わせた適切な方法で清掃を行う必要があります。
歯科処置中に術者や補助者の手が触れる可能性があるエリアは「臨床における接触表面」と分類され、患者ごとに清拭またはバリアを行います。床、壁、シンクなど、汚染の曝露がされないエリアは「日常的な清掃表面」と分類され、患者ごとに、一般的な清掃用の洗剤などで清掃を行います。

■臨床における接触表面 ■日常的な清掃表面

臨床における歯科ユニット接触表面の清掃

・清掃は、消毒薬を染み込ませたクロスで、汚染を拡大させないため一方向に拭いていきます
・バリアをする場合は、ライトハンドル、ヘッドレスト、ドクターユニットなどを、ポリ袋やラップ材でバリアします。外す際は表面をできるだけ触らないようにします。

  • 清掃
  • バリア

日常的な清掃表面

・血液が付着した場合を除き、一般的な清掃用の洗剤などで清掃します。
・血液が付着した場合は吸湿性のある物で血液を除去した後、濃度1000ppmの次亜塩素酸ナトリウムで拭き取り消毒し、水拭きします。この場合、汚染の拡大を防ぐため、一連の清拭は最低限の範囲にとどめて行う必要があります。
・スピットンは患者の体液に汚染されますが、術者や補助者の手とは接触しないため「日常的な清掃表面」として扱います。
・歯科用ユニット内に滞留した水は汚染されている可能性があるため、始業前に水回路内を新しい水に入れ替えるフラッシングが推奨されます。

  • 清掃
  • フラッシング